原点から問い直す生活科の課題と可能性
「原点から問い直す生活科の未来(1)」
『静岡大学教育学部研究報告(人文・社会・自然科学篇)』第64号 2013年3月15~46頁
はじめに
生活科は1989年3月に告示された小学校学習指導要領において誕生した。この改訂学習指導要領に基づく“新しい学力観”の広がりとともに、生活科は90年代前半の教育改革をリードする位置を得た。そして、1998年12月改訂の学習指導要領で新設された総合的学習の時間により、生活科が求めた新たな学校教育のあり方が小学校から高等学校までの全ての学年で実施されるかに思えた。だがそれは学力低下への危惧を教育の外の世界に広げ、「ゆとり教育」を学校教育批判の流行語にする契機になった。
ところで、私は89年版学習指導要領告示直後に、生活科設置の準備期に相当する1989年1月から89年3月にかけて教育雑誌に掲載されたほぼ全ての生活科をめぐる論考(論争)を調査・分析し、その結果を発表する機会を得た。それが明治図書の『授業研究臨時増刊』№342(1989年8月)に掲載された「雑誌文献にみられる『生活科』論のトレンド分析」である。
本書は『「生活科の授業」をどうつくるか』との書名により、1988年12月4日に東京都中央区立城東小学校において開催されたシンポジウム「『生活科の授業』をどう創るか」の記録集として出版された。シンポジウムの主催は当時筑波大学助教授の谷川彰英氏が代表をつとめる「連続セミナー・授業を創る」。谷川氏は生活科が全国の小学校で実践される過程で最も大きな役割をはたした研究者であり、そのスタートがこのシンポジウムであった。残念ながら、私はこの時期、生活科に関心がなく、シンポジウムの開催を知らなかった。ところが、シンポジウムの記録を公刊するにあたり、大学院時代の先輩であった谷川氏から雑誌掲載の生活科論の分析を依頼され、その意義を自覚することなく引き受けた。だが、収集・分析した賛否双方の生活科論が、生活科に託された新たな授業づくりへの出会いとなり、期待と不安が交錯するなかで、手さぐりで積み上げられる全国の先生方と子どもたちの活動が私の学力論の原点になった。 それから20星霜、生活科誕生期に描かれた新たな学力への夢は消え、学力調査の結果が学力高低の証明のごとき幻想が格差是正の名分とともに学力論の主流を占めるかに見える。だがそこに、未来を生きる子どもたちに必要な学力を私は見出すことはできない。改めて上記拙稿を再録し、その加筆修正作業を通じて生活科をめぐる論議を問い直し、誕生期の生活科が描いた未来の可能性をフィルターに、だれも経験したことのない時代と社会を担わなければならない現在の学校教育に学ぶ子どもたちにとっての学力とは何かを問う歩みを進めたい。」
「原点から問い直す生活科の未来(2)」
『静岡大学教育学部研究報告(教科教育学篇)』第45号2013年3月27~54ページ)
はじめに
学校指導要領が告示されたあと、全国の研究校で生活科の授業が公開され、かつてない 数の教師が参観した。そして戸惑った。元気だが意味を読み取れない子どもたちの多種多 様な動き、次々と子どもに声をかけるが教えることを放棄したかに見える教師の姿に。生 活科実践への歩みは「授業の見方」を変えることから始まった。学習指導要領告示から2 年目の1991年秋、「生活科の授業を見る『ものさし』」との『生活科授業研究』編集部の求 めに応じて寄稿したのが本章の「第1節 生活科にふさわしい『授業の見方』とは」であ る。さらに全ての小学校で生活科を実施しなければならない新学期が近づくにしたがい、 管理職の立場の教師から、生活科の説明の仕方を求められるようになった。授業者なら生 活科授業実践に参加してもらえばいい。だが、「説明の仕方」となれば“新たな言葉”が必 要になる。管理職が主たる読者の『学校運営研究』編集部の依頼により、生活科全面実施 直前の1992年2月号に寄稿したのが「第2節 生活科実践の基本用語」である。
ここにあげた教育誌はともに明治図書の樋口雅子氏が編集長である。本報告の目的は、 生活科誕生期90年代の拙稿の再考察の作業を、今と未来を生きる子どもたちへの教育課題 を問い直す試みに重ねることだが、それは樋口氏を代表に教育ジャーナリズムが果たした 役割の再評価につながるであろう。
拙稿初出一覧
1) 「“言葉=文字”から“場面=絵”へ―生活科にふさわしい「授業の見方」とは―」
『生活科授業研究』1991年10-11月号 明治図書 12~13頁
2) 「生活科実践の基本用語」
『学校運営研究』1992年2月号 明治図書 126~131頁
3) 「生活科の“未来”を考える―都市型生活科確立の可能性はあるか―」
『生活科授業研究』1993年8月号 明治図書 14~15頁
4)「生活言語飛び交う本物の世界を
―『意欲』『持続』『工夫』『表現』『協力』はどんなところに現れるか」
『生活科授業研究』1993年10月号 明治図書 14~17頁
5)「子どもの物の見方・考え方 見直しの課題
-平成6年 生活科研究の焦点はここだ!―」
『生活科授業研究』1994年3月号 明治図書 16~17頁
6)「表現できない世界の豊かさを読み取り意味づける能力を」
『せいかつか』日本生活科教育学会 1994年 創刊号 初教出版 65~67頁
7)「新しい学力観で子どもの見方を変える」
『総合教育技術』1994年11月号 小学館 20~23頁
8)「改めて生活科の地域での活動の価値を問いなおす
『初等理科教育』1996年8月号 初教出版 70~73頁
9)「地域の実態を生かす教育課程の編成」
『教職研修増刊号』1998年1月号 教育開発研究所 45~49頁
2024年10月14日